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乳がんノート(おわりに)
今回で乳がんノート回想録も最終回です。
このまま運良く再発転移しなければね。
気が付けば私のブログ中でも一番記事が多くて長いカテゴリー、当初の予定より3倍近くボリュームアップとなりました。(お弁当よりおおいぞ・・・)
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これが乳がんノートのオリジナルです。
このノートを持ってあちこちの病院を回ったり調べ物や日記を書いていました。
ルーズリーフなので必要に応じてページを足してほぼノート2冊分の厚みになりました。

同時再建してるので乳房を失うという経験もなく、術後無治療なので、乳がん患者としては最小限の治療しか受けていません。
ガンになっても特別これといって生活が変わったわけでも人生観が変わったわけでもありません。
人間そう簡単には変わりません、ノドもと過ぎれば何とやら・・・
そんな私が治療記を書いたってしょうがないよ、と思っていました。

特別考え方が大きく変わったわけではありませんが、時間は有限であることと、自分が自分の人生のコントロールをするのだということを強く意識するようになりました。
その影響か、物事に優先順位をつけて整理するのが上手くなったと思います。

健康に注意してこまめにチェックとメンテをすることは大事だけど、必要以上に恐れてガンに生活を支配されるなんてナンセンス!
恐れてびくびくガンのことばかり考えていても時間は過ぎるし、のん気にあっけらか~んと過ごしても同じ時間が過ぎる、どう過ごしたって1年は1年、結果は変わらないけどその過程がもったいない。

私の立ち直り方は恋人との別れからの立ち直りに似てるな、と思いました。
ガンそのものに対する不安よりも、ガンなんかに悩まされることが口惜しく感じました。
別れをいつまでも引きずるなんて、別れた恋人に別れた後まで支配されてるみたいで悔しい!
がんを踏み台により若く健康的にそして美しく、を目指します。

私が10歳若かったら、もっともっと動揺したでしょう。
人間的にも未熟で受け止め切れなかったかもしれません。
若い頃から結婚願望が薄かったとはいえ、若い女性にとっては胸を失う事は精神的に大きな打撃。
告知を受けて間もない頃に感じた「ガンのために人生の選択が狭まることに対する憤り感」はもっともっと大きかったと思います。

逆に私があと10歳くらい歳を取っていたら、webやメール、知人のツテを頼って情報収集したりできなかったかもしれません。
多くの患者さんのサイトやブログの記事はどんな治療が待ち受けているかとか、医療関係者や本からでは知りえない患者側の実感や思いがつまっていて、覚悟を決めるのに大いに助けになりました。
10年前ならこんなに簡単に情報収集はできなかったでしょうし、再建もできなかったでしょう。
ガンになったことはとんでもない不運だけど、冷静に受け止めて行動できる程度に若く、かつ適度に歳を取った今の出来事だったのはラッキーだったと思います。
それほどショックもなく受け止められたのは、リスクファクターだと自覚していたし、いつか私も乳がんになるかもしれない、という思いがあったからです。

もう15年近く前の話で私は自分が患者になるまですっかり忘れていたのですが、大学時代母に
「胸にしこりがあって来週検査するから帰ってきなさい。しこりがどんなものかあなたも触って知っておいた方がいいから」
と言われて下宿先から急遽実家に帰ったことがあります。
母のしこりは小豆くらいの小さなもので取り出して調べたところ幸い良性でしたが、この体験は無意識ながら頭の片隅にあって自己チェックする習慣になったのでした。
従姉妹のケースはもっと最近の話で、叔母(従姉妹の母)が胸に小さなしこりがあって検査したら乳がんだとわかったから、しこりがまだあるうちに触って体感しておきなさい、と従姉妹を呼び出したそうです。
叔母のしこりに触れて「あ、これ私にもある!」と気付いて受診した従姉妹はごく初期の段階で乳がん発見となりました。

私に検査を受けてはっきりさせようという大きなきっかけとなったのは知人が乳がんでなくなったことでした。
正確には知人の奥さんですが、39歳の若い死でした。
なんとなく胸に違和感を感じていた私の背中を押した出来事でした。

告知を受けてからひどく取り乱したり我が身を嘆いたりってことはなかったし、病気に関しては涙を流したこともなく、知人友人にも患者さんにも医療者にもしばしば「冷静だね」と言われてきました。
元々自己憐憫に浸るタイプでもなければ、長い時間悩んだり嘆いたりというマイナスの感情を引きずるのは苦手という飽きっぽい性格のせいでもありますが、タイミングや人からの助けなどいろいろなものが折り重なって押し上げてくれたのだと思います。

マンモグラフィーを受けましょう、とかがん保険に入りましょう、などとは勧めません。
気になるなら不安は早く解決しましょう、とは言いますが。
私のように非浸潤だった場合、現在の標準的な治療としては切るしかないけど、医学の進歩で非浸潤はガンではない、浸潤ガンにはならないと証明されたら将来的にあのとき切ってしまったから、と後悔することだってありうるし、保険だってなるかどうかわからないのに掛け捨てるよりその掛け金分自分で運用した方がいいかもしれない。

ガンの告知を受けた、これから何が待ってるの?!
って時に1つでも情報が多ければ心の準備がしやすいし、あるいは罹患していない人にとっては、ガンは特別なものじゃないけどそれだけに誰にでも起こり得ること、でもそんなに怖いもんじゃないと思える情報になれば、と思います。
あとは再建経験者として、乳がんになっても再建できるということを知っておいてもらえたらな、と思います。

身近な人の体験は啓発力があって、母にしろ亡くなった知人にしろ大きな恩恵を受けました。
人の目に触れる形で記録を残すことで恩返しできたらと思います。

乳がんノート回想録をはじめて以来、何人かの患者さんから秘密コメントも含めて書き込みを頂き、書いてよかったな、と思いました。
連絡先がなくてお礼もできずにいるSさん、Fさん、Cさん、どうもありがとう。
私の記録が間接的にでも役に立ったと思うとうれしいです。
この場でお礼申し上げます。

私を見守ってくれた家族、友人、直接お話したわけじゃないけどその命で私を後押ししてくれたTさん、しつこい私を嫌がらずに長い時間付き合って質問に答えて下さり私を導いてくださったドクター達、役立つ情報をサイトやブログで提供してくださった先輩がん患者さん達、私は信仰する気にはなれないけど私の病を知って私のために祈りをささげて下さった宗教家の方達、術後知り合ったがん患者の方々、多くの助けがあって今の私があります。
みんな感謝しています。
病を得た事は不幸だけど、不幸中の幸いともいえる形で望めるべく最善の方向へ導かれたことにも感謝しています。

長文にお付き合いくださったこのブログの読者の皆様にも感謝を込めてお礼申し上げますm(__)m


PS.
乳がんノートは最終回ですがブログはまだまだ続きます(続くはず)
これから先は当初の予定通り、お気楽OLの日常ブログになると思いますが(^^ゞ
これからもよろしくお願いします。

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乳がんノート(回想録)TB(0) | CM(7) | top↑
乳がんノート(そして現在)
無治療になったので乳がんの治療としてはもうネタ切れ。
今回は現在とこれまでの変化をざっくり振り返って書いてみようと思います。

術後1週間  社会復帰。(胸帯を着けて通勤)
        ワキのキズは案外早く落ち着いたものの、腕を大きく動かすと
        胸のキズが引っ張られる感じがありちょっとドキドキ。
        ドアのノブをひねったりペットボトルを開ける動作のときニセ乳側の     
        大胸筋が反応してムキムキする。

術後1ヶ月  胸帯であせもになったので外してもよいか?とドクターに聞いたら
        OKが出、ソフトブラ探しの旅が始まる。

術後1ヶ月半 治りが悪かった胸のキズも治り、通院も2ヶ月後となる。
        ドクターに相談し片側ワイヤーはずしOKをもらい、ブラの件は
        一件落着。
        
術後3ヶ月  気になっていた鎖骨下のくぼみもあまり気にならなくなった。

術後1年(実際には10ヶ月でした。前回診察から半年)
        健側マンモグラフィ 

ブラ解禁し、久々にブラをつけたとき谷間ができたのには感動しました。
元乳より一回りほど小ぶりになりましたが、ズボラーな私はパットなんてめんどっちいものはしてません。
ブラによっては多少大きさは違って見えるけど、たいていはそのまま。

手で押したりもんだりすると柔らかいけど走ったときはゆれないし、横になっても流れない、お辞儀をしたときに違いがハッキリするかな。
走ってもゆれないってのは私にとっては新鮮な感覚で、これはこれで悪くないかも♪
毎朝自前胸を押さえて駅の通路や階段をダッシュしてます。

よく違和感はないの?と聞かれます。
術側は神経もだいぶとられているので触ると痺れ感があるし、健側に比べると皮膚感覚も鈍いです。
触ったり押したり揉んだりすると感覚はありますが、もちろん中身はマガイモノなので健側と違って中の感覚はありません。
半年に1回のエコーでグリグリされるのが二ガテ。
まるでゴムボールを胸に押さえつけられてる感覚とでもいいましょうか。

術前に再建を考えたとき、片胸は若いままと言うことに引っ掛かりを持っていました。
普通に年をとるのも難しいのか・・・と。
手術直後は鎖骨下がぺこっと肉がえぐれて凹んでいるのが気になっていましたが、それも次第に気にならなくなり、術後3~4ヶ月もした頃には胸の開いた服も平気で着てます。
逆に襟元が開いてる方が胸の大きさの違いは目立たないかも。
インプラントのふちの部分も気にならなくなってきたし、ニセ乳自体もややソフトになった気がします。
動作の拍子のムキムキ感もあまりなくなりました。
こういうことでいつまでもくよくよするのは性に合わないし、身体も心も不思議と慣れるものなんですね。

二期再建の方達に比べると胸にかける熱意に欠けますが、それでもニセ乳を得たことで、私はこれを美への執着を取り戻すきっかけにしようと思いました。
片胸はいつまでも若いまま。
自前側にとっては格好のお手本が隣に鎮座しているわけなのですよ。
エクセサイズやマッサージの結果、術後1年健診ではバストトップが半年前より1.5cmあがってました♪
正面から見るとトップの位置はほぼあってます。
横から見るとカーブが違うけど、これは自力でニセ乳に追いつくのはちょっとムリかな。

身体も心も年相応以上にオバサン化しつつありましたが、今は10年先同級生より若い自分を目指してます。

術後、性同一性障害のニューハーフさんとお話しすることがあり、彼女に言われました。
「私が女を保つためにはあなたの5倍以上の時間と努力、10倍以上のお金をかけている。元々女に生まれてるんだし、童顔気味なのも恵まれてる。ちょっと痩せてちょっと努力すればきれいになるのに」と。
ちょっと気を配って(その日はマニキュアハゲハゲだった)、ちょっとお手入れをして、ちょっとやせればね~と指摘されましたよ(^^ゞ

ブログ中の美容関連記事は私のちょっとした努力の足跡なのです。
おそらく実情は彼女は私の10倍以上の時間と努力、30倍以上のお金をかけてると思います。
現在の私は以前より努力は1.5倍、かけてるお金は変化ナシです(^^ゞ
これからのこのカテゴリーの発展を温かく見守ってください。

◎健康面◎
私が手術を受けたクリニックでは特に乳腺外科としての診察以外はまったく放任と言う感じです。
同じクリニックでも化学療法をやってる方はPET健診など受診しているようですが、私は非浸潤だったせいかドクターから案内されたことはありません。
ガンの既往があると保険適用で受けれるかもしれないらしいのでそのうち受けて見たいと思っているんですが・・・
次回主治医に聞いてみよう♪
乳がんについては片方だけになっちゃったし手術を受けたクリニックでチェックしてるので市や会社の健診では受けていませんが、子宮がんなどは市の健診を利用してます。
(会社の定期健診では子宮ガンは頚ガンだけで、しかも自己採集なので)

昨年は確定申告する気満々だったので、ちょっと身体に異変を感じるとすぐに医療機関を受診しました。
皮膚科、歯医者、内科、眼科、婦人科・・・例年にない真面目さで通院しました。
どこも職場の近くで探したので保健室感覚です。
ドラッグストアで風邪薬買うより効率的だと実感。
今年も風邪引いたら即内科に走ってます。

○乳がん
総合病院や大学病院では術後は年に1回CT、骨シンチがメニュー化しているところが多いみたいですが、私が手術を受けたクリニックでは術後半年経過したら診察は半年に1回、年に1回マンモグラフィと言われているだけ。(エコーと触診は診察の都度)
最低限のチェックだと思います。

○子宮がん
乳がん後のチェックとして気になるところ。
頚ガン検診は受けたことがあるけど体ガンは受けたことがなく、ウワサによると痛いらしいので腰が引けてました。
私の現在の勤務先で福利厚生の一環として年間一定額のポイント制で専門ドックが受けられるのですが、その中にMRIによるレディス健診があったので、東京出張のついでに受けてみました。
術後半年目のことです。
やっぱり東京はこういう環境に恵まれてますね~
こちら→メディカルスキャニング

地元でもこの健診を受けられるといいのですが・・・
大学病院に行って頼んで撮ってもらうこともできるだろうけど、健保のポイントでって点が大きい。
着衣のまま横になるだけで例の屈辱的な内診もないし、痛くもかゆくもなくて快適です。
この健診でかなりの大きさの子宮筋腫があることが発覚しました、それも2個!
私の下腹が引っ込まないのはこの筋腫のせいらしいです。
(きっと半分はメタボのせいだけどそういうことにしておきます)
1週間くらいで送られてくる検査結果報告書にはMRI画像のプリントアウトが入っていて、これはお役立ちです。

この健診には頚ガン検診はついていないのでそちらは市の健診で1000円で受けられるのを利用しました。
地元で頚ガン検診に行った時、乳がんのキャリアだと言ったら体ガンの組織もやった方がいいと言われ、結局はご開帳ついでに両方やりました(^^ゞ (体ガンは医師の判断で追加となっていて両方やると3,000円)
(思ったほど痛くはなかったです。生理痛程度かな)
わざわざMRI撮ったの?とドクターに驚かれましたが、プリントされているデータを持って話ができるのでとても分かりやすいです。
今後も年に1回か2年に1回くらい受けようと思ってます。

○子宮筋腫
 子宮がんの健診で発覚したデカデカ筋腫's
健診で行ったクリニックは不妊治療が専門のクリニックで、経過を見て治療した方がよいかもと言われました。(市の指定医療機関で一番便利なところがそこだったので・・・)
もちろん子宮筋腫についても調べてみましたよ。
子宮筋腫でも乳がんのホルモン療法と同じくゾラデックスやリュープリンが使用されることがあります。
受ければ乳がんの方にも相乗効果が期待できる、ということで気になってます。
乳腺の診察日が近づいたら婦人科で筋腫のチェックをしてもらうようにしてます。
乳腺のドクターはこのあたりは専門ではないので、やはり餅は餅屋へ。
婦人科もあちこちドクターを探しましたが、もともと大学病院で子宮がんなども扱っていた今のドクターを見つけてそこに落ち着いています。
私はまったく自覚症状がなく(下腹ぽっこりだけど--;)、貧血もないので当面は経過観察でいいけど、閉経まで10年以上、まだまだ育つだろうと言われてます。

疑問に思っていたことがあってこのドクターに思い切っていろいろ聞いてみました。
それはホルモン剤のこと。
子宮筋腫のホルモン療法のほか、更年期障害になったときによく勧められるホルモン補充療法、OC(低容量ピル)のことなど全般的に相談しました。
低容量ピル解禁以来、いいことばっかり宣伝されているけど、これって乳がんのキャリアがあると使えないんですよね。
全摘して本丸はなくなってもホルモンレセプタ陽性だし、使えないのだそうです。
OCの便利な面が目いっぱい宣伝されていて、こういうのっておかしいなぁ。
大人の女性として自分の体に責任持つと言う意味でもマンモグラフィとセットで宣伝すべきだと思います!

ドクターから、
あなたは子供を生んだ経験がないからリングも難しい、他の人より選択肢が少ないのだから避妊には十分気をつけて、ちゃんとコン○ームを使うように!
と釘を刺されました(^^ゞ

こういうことに触れてくれるドクターはいなかったけど、これって大事なことだよね・・・
(だから敢えて私はここに書くことにしました。)
独身の私の立場なら「自己都合につき、そっちの世界はもう引退~」ってのも可能だけどさ(笑)

◎将来の備え◎
非浸潤でガン保険の適用外でした。
現在も私はガン特約の分の保険料を支払い続けてます。
がん患者なのにおかしな話ですよね。
新しくガン保険に入るには、入れないこともないけどさまざまな制約があります。
もちろん再発のときは払った分しっかり取り戻させていただきます。

ガンのこと以外にも女が一人で老後を過ごすにあたって将来設計はしなくてはなりません。
投資信託や株式をちょっとかじってますが、がん患者になったことがきっかけでがんの治療に関係する企業の株式を買いました。
もちろん業績が良好で配当として戻ってくるのを大いに期待してますけどそれだけじゃありません。
私の投資額なんて微々たるものだけど、機器や薬品の開発の一助になったら素敵だなと思います。

乳がんノート(回想録)TB(0) | CM(2) | top↑
乳がんノート(医療費編②)
8月、健保組合に請求していた高額医療費の還付金の入金があった。
生保の給付は9月だったが、6月には4年前の生保の未払い金と会社からのボーナス、8月には退職金、9月には生保の給付金、と3ヶ月間で今まで見たこともないようなまとまった金額が私の口座に落ちた。
そして父からは例の50万円。

まとまった資金がある場合どうやって運用するのが堅実かつ効率よいかと父と話していたら、母が
「そんなにお金があるなら家にお金を入れなさい!」と。
毎年冬のボーナスからの上納金、ガンのドサクサで未払いだったのを徴収された(^^ゞ
我が家はそれぞれ同じ都銀の口座を持っていて、振り込み手数料が掛からないのでネットバンキングで父から振り込まれたのだけど、父からの入金の3日後には私が母の口座にそのまま入金することになった。
父と母は夫婦といえど別会計で、父は確定申告のときまで自分のカンパがそのまま母に流れたことを知らなかった(^^ゞ

(つまらないオチでスイマセン)

入院手術となる大病をした場合に医療費の軽減措置としてお世話になるのが高額医療費制度と所得税の医療費控除。

<高額医療費>
医療費の軽減措置の一つで、同じ病院(医科と歯科、入院と外来は別計算)で支払った医療費が、1ヶ月あたり一定の金額を超えた場合、手続きをすればその金額が戻ってくるというもの。
保険の対象とならない医療費や差額ベッド代・入院中の食事代は対象外。
手続きの方法は加入している健康保険によって多少異なる。

<医療費控除>
所得金額から一定の金額を差し引くもので、控除を受けた金額に応じた所得税が軽減される。
1年間の間に支払った医療費が10万円を超えた場合、確定申告をすることにより税金の還付が受けられる。
保険によって払戻金がある場合は医療費から払戻金を差し引いて計算しなくてはならない。
差額ベッド代や入院中の食事代・通院にかかった交通費も控除の対象。
なお医療費控除は、最高限度額が200万円なのでそれを超える控除は不可。

お子さんがいる家庭なんかだと結構お世話になっている制度なのでママさんたちは相当詳しい。
ウチはこの手の話は父と私が担当。

私が当時勤めていた会社で加入していた健保組合では、医療機関を受診し保険診療を受けると2ヶ月後に「医療費のお知らせ」という通知が届き、この明細上で個人で負担した金額が一定金額を超えた場合、この通知を添えて書類を提出すると指定口座に還付してもらえた。
一般的な健保組合と同じく、 80,100円+(医療費-267,000円)×1% が自己負担限度額(月額)。

術前のセカオピや術後の他の病院への通院についてはカットして、手術の月以降の分はこんな感じ。

◎掛かった費用◎
 ・診察代(保険適用)      約 16,000円
 ・手術代(保険適用)      約 107,000円
 ・ 〃  (保険適用外)     約 415,000円 ←つまりこれが再建分
 ・交通費              約 150,000円

人工物での再建は高い、と言われるが、エキスパンダーからの入れ替え手術がないためかそれほどでもなかった。

そして、還付や保険金の支給は・・・
◎戻ってきた金額◎
 ・高額医療費           約 94,000円
 ・生保からの給付        約 600,000円

掛かった費用の合計と戻ってきた金額の合計を比べればわかるように、新幹線通院の交通費を入れても戻ってきた金額の方が多いくらい。
これでは確定申告で戻ってくるのは期待できない・・・

と、ここであきらめてはいけない。
医療費控除は本人の他、生計同一の家族分もまとめられるのである。
税率が有利な方で申告するので、レシートとExcelに入力した明細を父に託して後は良しなに~
ということにした。

後日私の分相当として7000円父から還付(?)があった。

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乳がんノート(医療費編 ①)
5月に無治療と決めて医療費の出費も目処がついたので、生命保険の請求をすることにした。
ガンという病気はお金はかかるが、定収入があって然るべき備えをしていれば一時的な出費はあっても最終的には自腹はたいしたことはない。

ガン保険をかけておくべきか?というと、これは私見だが働ける状態(あるいは休職できる状態)にあって定収入があるなら、年間150万以下の医療費であれば保険としてかけ捨ててしまうよりはその掛け金分自分で運用した方がいいと思っている。
病気で仕事を続けられなくなった場合などは掛けててよかった~となるのだけど。

術前から知っていたことだが、非浸潤との病理結果だったのでガン特約も婦人科疾患の特約もをつけていたが適用外。
私は生保と県民共済と簡保に加入しているが、県民共済と簡保はガン特約はつけておらず、入院給付も5日目からなので除外。

生保だけが可能性があるところだが、ちょうど4年前に腰で入院通院したときの保険金の支給モレ騒ぎがあり、当時のレシートの整理をしたり書類を何度も読み書きしたところ。
何か抜け道はないか、どれほどもらえるのか? と保険の約款の関係しそうなところを隅々まで読み、生保会社にも何度も問い合わせた。
試算してみると多分手術給付として25~40万円くらいはもらえそうな気がした。
必要な書類を取り寄せ、次回診察を待つ。
病院が近ければすぐにでも行くところだが、あいにく新幹線を使ってまで行くほど急ぐことでもないので次回診察と一緒に済ませる。
この間に会社の健保組合の高額医療費の請求も並行。
8月から転職なので忘れないように気をつけていた。

そうそう、術前に父から手術費用として50万カンパしてくれるっていうオファーがあった件。
ウチの親は既に年金生活者、我が家で就労所得があるのは私だけなのに、払ってもらうのはどうかしら?
まるで年金パラサイトじゃないの(^^ゞ

友人達にこの話をして意見を求めたら、
「ウチの妹ならくれるっていうならもらっとくって言うよ。」
という声があったので、そのお金で損失補てんしたりぱ~っと使っちゃったりするのはやめて、とりあえずありがたく頂いておいて将来何かのときの備えにしようということにした。

(後日このお金はすぐに私の手元を離れた。それは医療編その②にて。)

7月、怒涛の残業生活の合間になんとか休暇をもぎ取り、診察がてら診断書をお願いに東京のクリニックへ・・・
非浸潤だと保険適用外だし、「上皮内新生物」除くって書かれてるのは知ってたけど、自分が罹るまでそんな言葉知らなかった・・・なんてことを主治医と話した。
医師の友人もそうだったが、がん治療に携わる医師といえどこういうことを知らない人は多い。

Dr.:ん~、いいじゃない!
   もう1.5cmくらいこっち(自前側)があがるといいんだけどね。
   垂れないように努力しなさい。
   今後は健側の乳がんに気をつけて、お風呂で石鹸つけて撫で洗いしてチェックして、
   後は次回ちょっと早いけど術後1年健診ってことでマンモグラフィね。 
   多分僕が作ったなかで一番大きな胸だよ。

Me:え~ そんな、世間にはもっと大きい人いっぱいいるじゃないですか(^^ゞ
   ふつうーにE75で最近じゃその辺でいっぱい買えますよ。

Dr.:もっと年取って太ってる人とかは別だけどね。
   あのね、グラビアとかのはあれは違うからね。(って何が??)
  日本女性の90%以上は胸が大きくなりたいって悩んでるんだから。

Me;まさか~ 私の友人の間じゃ私なんて貧乳の部類ですよ

Dr.:じゃなきゃ僕のところがこんなにはやってるわけないでしょ。
  

術後4ヶ月もすると緊張感もどこへやらである。

この後夕方友人と待ち合わせて1泊してお食事&お買い物して通院レジャー満喫♪

翌週から仕事は更なる修羅場となり、3月にムリムリにでも期限を切って手術を決めたことも、その後無治療になったことも不幸中の幸い。
紙一重のところでその状況下で望める最善の方向へ導かれて行ったと思う。

何かに守られていたような感じがした。
ご先祖なのか神様かわからないけど感謝します。

乳がんノート(回想録)TB(0) | CM(2) | top↑
乳がんノート(補助療法の選択)
こんどは補助療法で迷う。
非浸潤なら理論的には転移しないので無治療でいいはず・・・なのだが、気になることがいくつかあってすっきりさせたかった。

この病気はホントに選択の連続だなぁと思う。
患者も勉強が必要だし、告知を受けてから何人ものドクターに会ったがたいていのドクターはしつこい質問にもちゃんと答えてくれる。
これまではこれほどドクターと対等に話していると実感した事はなかった。

再び本やネットで情報収集。
本もネットも浸潤ガンでしかも温存のケースに関することが中心に書かれていて、非浸潤ガンに関しては情報が少ない。

引っかかっていたのは
・Her2 3+
 ウワサのハーセプチンはこの当時まだ術後補助療法での使用が保険適用されていなかった。
・Her2陽性だとタモキシフェンの効きが悪いらしい
 タモキシフェンを5年服用してどの程度の効果が見込めるのか?
・断端陰性とはいえ、「癌腺管構造が所々下方の剥離面に接近し、取り残しを完全に否定できません。」という一文が病理結果報告書にある。
・切断面と切断面の間に数ミリの浸潤があるかもしれない。
 写真を見ると結構カットが粗い。
・comedo typeとあり、comedo typeの場合はしばしば浸潤部を伴うことがあるらしい。
 非浸潤の中では悪い方に属する。

というようなこと。 

かつて検査やセカンドオピニオンでお世話になった病院に今度は補助療法について相談することにした。
最初に告知を受けたガンセンター
当時の主治医はあまりあいたくないので、敢えて別のドクターの外来の日に出向いた。
紹介状がなくても診てもらえるかどうかあらかじめ電話で問い合わせていたのだが、ドクターは主治医からの紹介状がないとダメ、の一点張り。
病理結果報告書をちらちら見つつ何か言いたげではあったが・・・
主治医との信頼関係を崩しかねないとか苦しい言い訳をされて取り合ってもらえなかった。

術前にセカンドオピニオン先を探しているときにも思ったが、主治医からの紹介状が必要で主治医に内容を報告するというのがスタンダードで、これって患者の側から見たら自由なセカンドオピニオンを受けるには高い壁になってる。

大学病院は紹介状不要の病院。
まずは今までのお礼と手術が終わったご挨拶をし、ホルモン陽性でHer2陽性なので補助療法で迷っているのでご意見を伺いたいとはっきり言ったら、ざっくり病理結果をみて
DCISでセンチネルもやってて転移無しですね、だったら補助療法は必要ないでしょう。
また何かありましたらどうぞ、と ものの3分で追い返された感じ。
ホルモンやHer2陽性については注意を払っていない様子。
やはりよそで手術を受けてしまったら手のひらを返したように冷たいのか?

後にいとこが実は乳がんの手術を受け、このドクターが主治医だったことが判明。
(もしかしたら同じ病院でばったり!なんてことになってたかも。)
いとこは1cm未満のごく初期で見つけて温存だったのだが、ホルモン陽性でも低リスクとのことで放射線の後は無治療と聞いた。
どうやらろくろく見ずに冷たくあしらわれたと言うわけでもないみたい。


おりしもザンクトガレンのコンセンサス2007が出たとき。
DCISだと自分がどのリスクカテゴリーに属するのかどう考えていいのか良く分からなかった。
DCISであることを除いて考えると私は中リスクとなり、ホルモン療法単独もしくはホルモン療法+化学療法(ハーセプチン)が推奨されることになる。
しかし、DCISであれば通常よりは軽度のリスクと考えてもいいのかもしれない、そうするとホルモン療法か無治療?

術前と違ってそこそこ情報は集まっていたし考える時間があるのに既にエネルギー切れ気味。
やはりセカンドオピニオンとして受診するのは難しいし、ネットや医療関係者の友人のツテを頼ることにした。

補助療法もドクターによって随分見解が異なった。
①DCISでリンパ節転移なしであれば無治療でよし、気になるならタモキシフェン5年 という回答が2名
②ハーセプチンが保険適用でないのでとりあえずホルモン療法をし、認可されたらハーセプチン+ホルモン療法 という回答が1名
③DCISといっても切断面の間に微浸潤があるかもしれないし、年齢的に若い上Her2強陽性なので化学療法を薦める、保険適用でないがハーセプチン+αが一番効果が高く、脱毛がいやならハーセプチン単独、保険内でということであれば従来の抗がん剤(3パターンほど紹介された) という回答が2名

化学療法までは不要と思っていたのでちょっとショックだった。
③の回答は1人は外科のドクター、もう1人はドクターではなく抗がん剤の研究者だったが、彼らから見ると私は若年層でHer2強陽性でハイリスク群だという。

まさかここまで極端に意見が分かれるとは思わなかった。

こういうことはどんな選択であれ自分で決めて後悔しないことが重要だと思う。

タモキシフェン5年については効果がどの程度見込めるのか結局答えが得られなかったが、効きが悪いと言われるものを副作用に耐えて5年も続けるか?と疑問を抱えつつの治療は私には難しい。

③の化学療法は・・・ハーセプチンが保険適用であればもっと気持ちが揺れたと思う。
非浸潤の全摘の場合局所再発率は5%、皮下乳腺全摘は全摘よりやや残存乳腺が多いと考えても10%弱、その10%のうちのさらに数パーセントが化学療法によって再発を免れるって微々たる数字。
自分がガンに罹る20人に1人には入る気は薄々したが、再発するかもしれない0.数%に入るかもという思いにはならなかったし、コンマ数%の確率を下げるために化学療法をする気にはなれなかった。

これだけカードを並べてみて無治療というのも決してイレギュラーな選択ではないことが分かると、結局は楽な方に流されるのであった。

無治療に決定。
決めたからには無治療野放し生活を謳歌~♪

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義援金募集
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして
プロフィール

OPAL

Author:OPAL
ズボラ~楽天的独身OL。
SE6年を経て秘書として転職(今は秘書業務からは外れてマス)

ダイエット、掃除、節約が永遠のテーマ
アラフォー、ここが女の桶狭間、目下女子力復活目指して模索中

趣味:旅行、読書、映画、美術館&博物館めぐり、お買い物、食べること

10月28日生まれ さそり座 A型

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